『メタル脳 天才は残酷な音楽を好む』中野信子著

中野信子さんの本の紹介です。

『メタル脳  天才は残酷な音楽を好む』2019

中野さんは、脳の研究をしていくうちに、

「なぜ、自分はメタルに惹かれたのだろう?
メタルは私にどのような影響を与えたんだろう?
メタル好きの人たちはどんな特性があるのか?」と考えるようになったそうです。

音楽の認知科学が、大学院での研究テーマでした。

 

本には、脳科学者自らが音楽を通して思春期の自分を分析し、メタルと社会、そして、音楽と社会について書かれています。

本の要約ですので、ネタばればれです。

メタルはネガティブな部分に向き合える

孤立していた思春期

中学時代、中野さんの周りの女子は、ジャニーズなどアイドルに夢中。

そのよさが理解できず、周りから浮いているのを痛いほど感じながら、困惑して生きていた。

 

高校時代、周りはユーミンやサザンなどを聴いていたが、自分はまったく聴く気になれない。

当時絶大な人気だった尾崎豊さんですら、チャラいと感じられて、「自分が救われるのはこんな音楽ではない」。

 

ほかの音楽を聴くと逆に孤立感が深まっていくばかりだったのに、メタルを聴いているときだけは、孤独感が癒やされていくような感じだった。

「孤立していても構わないのだ」メタルは安心感を与えてくれた。

メタルは自己肯定感を救ってくれた

両親の不仲、祖父母と暮らし、友人もおらず、家でメタルを隠れて聴く。

10代の脳は不安が増大しやすい。

脳の未熟さゆえに、人を不当に扱ったり過剰に貶めたり、厄介な人間関係になりやすい。  

そういう人間関係から距離を置き、自己評価を過剰に下げることなく乗り切ることができた。

 

思春期には、ムシャクシャして破壊衝動を感じたり、誰にも理解されないとやさぐれたりする。

メタルを聞くと、怒りのレベルを上げるのではなく、怒りをコントロールできることが研究からわかった。

 

悲しいときには、楽しい曲を聴く気にならず、悲しい曲を聴くように(同質性の原理)、同じような衝動を味わう音楽を聞いたほうが、衝動は収まっていく。

 

メタルは、激しい怒りや孤独、絶望感を表現している。

メタルは人間のネガティブな部分に向き合える。

 

愛を叫ぶ音楽よりも、もっと人間の本質的な部分、生物として、社会的な存在の人間のネガティブな部分に向き合えるほうが、音楽として本源的だと感じた。

メタルの音楽性

なめらかな音が好き

中野さんは、どちらかというと、シャープな音、演奏が好きで高音のキンキンした感じが好み。

なめらかさやメタリックな質感。

 

ハスキーな声よりも ノイズがたっぷり含まれた複雑な音の波形は、生理的に受け入れられなかった。

不思議とメタリカがざらついているとは感じなかった。

 

音の質感、感覚が好ましいかどうかは、脳の判断。

なめらか、ザラザラという肌感覚と愛着の関係性を示すと同時に、オキシトシンの分泌にも影響を与える。

メタルは緻密な足し算の音楽

アメリカンロックなどは引き算でシンプルにどんどん音を削っていくイメージがある。

メタルは空間を何重にも作り上げていく音楽。

メタリカ、ドリーム・シアター、カーカスの音楽には、数学的な要素がふんだんにある。

メタルとクラッシックの共通点

ギターなど楽器の超絶技巧、楽曲の構成の美しさ、コード進行の壮麗さなど。

実際に、メタルには、クラッシックを取り込むバンドも多く、オケと共演したメタルバンドも多い。

イングウェイ・マルムスティーンは、バッハなどクラッシックへのオマージュな作品を作っている。

メタルを聴くと頭が良くなる

人間が言語を使う前は音声でやりとりしていた。

鳥など他の動物も音でやり取りをしている。

 

音情報が脳で再構成され、意味が構築されていく。

音楽の重要な部分を作るのは、コントラバスなどのベース。重い部分。

音を認知する上で、もっとも耳を立てて聴いている部分。

 

低音の楽器がリズムを刻むと、時間認識がより優れるようになるという研究報告がある。

人間の耳は低音域が脳に届きやすくなっているため、脳も低音のリズムを処理しやすい。

 

(2022年6月、「週90分のドラム演奏は自閉症の子どもの多動性や注意欠如を改善する」という報告が、話題になりました。

ドラムでリズム音や動きを学ぶと、自己制御に関係する脳の領域のつながりを洗練させるよう、と。)

メタルと社会

世の欺瞞、ルサンチマンを奏でる

歌詞にも関心が高く、歌詞のメッセージ性にも惹かれた。

反戦小説『ジョニーは戦場へ行った』をモチーフにした「ワン」など、とてもカッコいいと感じた。

社会的メッセージを音楽で訴えるのは、素晴らしいと思った。

 

ルサンチマンとは、弱者が強者に対して恨みや怒りの感情を持つこと。

未成年だった著者は、抗えない大きな力や世界の姿が歌の中に描写されていて、「この構造をこんなふうに歌うことができるんだ」と驚きながら聴いていた。

 

メタルファンは世の中の事象に対して「あれはウソっぱちだ!」「許せない」と感じるのは、「正義」という感覚があるため。

内側前頭前野の機能の高低は、社会性と密接に関わっていて、人がズルをしていると怒り、攻撃したくなる。

それが高くなりやすい人は、メタルははまりやすいのだと考えられる。

メタルは「反社会的」より「非社会的」

コミュニケーションが得意な「社会的」な人たち。

メタルは「反社会的」なものとされているが「非社会的」、アンチソーシャルよりノンソーシャルと言える。

むしろ、パンクやロックのほうがアンチソーシャルなメッセージを打ち出してきた。

 

メタルファンは、社会に積極的に加わることはなく、壊しにかかるでもなく、生き残れるようリスクを回避した「非社会型」。

 

社会的な生き方では、真に強い「個」は育みにくい。

非社会的な人は外からの視線が判断基準にならず、自分の感情や経験に忠実で、自分だけの基準をつくりやすい。

今はSNSが流行る、ソーシャルな時代。

内向性の高さが社会からの影響の受けにくさであるなら、それはこれからの社会を生きる上で強力な武器となるでしょう。

メタルの存在意義

メタルファンは、社会の閉塞感に対して一撃を加えたいという気概を持っていると捉えています。

そんな暴力性を持った人を、「音楽を愛する人」にとどまらせているのが、メタルだと考えられる。

放っておいたら過激になる人々の怒りを抑えているのが、メタルの力なのだ。

 

子供は「人を殺してはいけない」と教わって育ちますが、現実の社会はそうなっていません。

戦争に行けば人を殺すよう命令されるし、実際に人を殺している大人たちはいるし、武器を売って裕福な人もいる。歴史上も今も行われています。

 

人間が愛と平和の存在という確証などはほとんどなく、わざわざ美しいことを言わなければ社会を保てないほど人間は凶暴な存在です。

かつての死屍累々の上に生きているのが私たちであり、そうした人間の本質をダイレクトに見つめてほしいという願いがあります。

 

欺瞞に満ちた社会に対して、暴力によらずに音楽の力で強烈な一撃をくらわすことが、メタルの存在意義なのです。

後記

昨年2021年、女子高生が歌う「うっせぇわ」が流行りました。

思春期って多かれ少なかれ、大人社会にあんな感情を持っています。

 

思春期の男の子の中には、テストステロンが増えるせいか、暴力的になったり、危険なもの、激しいものに憧れる子もいます。

ハードロック、メタルやパンクから音楽に目覚めた人は、少なくないでしょう。

 

音楽を聞いて、自分の気持ちを代弁してくれると感じたり、どうしようもない気持ちに寄り添ってくれたり、悲しみを慰められたことは、誰しも経験あると思います。

自分をわかってもらえない、誰ともつながりを持てない孤立している中、自分をわかってくれる、寄り添ってくれる音楽が、メタルなのでしょう。

 

家庭や学校、社会の中で心の拠り所のない人が、暴力団やオウム真理教のような組織に入ったり、世界的に見てもイスラム過激組織に若い人が加入してしまいます。

そういう人たちを救い、反社会的な行動に駆り立てることなく、楽しめる手段が、音楽のジャンルにある。

 

ミュージシャンと、ファン同士、共感できる仲間がいて、曲で気持ちを分かち合えたりライブでつながりを持てたり、幸せになれるなら、大音量でも過激でもいいんじゃないか。

 

中野信子さんご自身、メタル好きがマイノリティーであることをメタ認知し、メタルの社会的な意義まで、脳科学的な説明を交えながら書かれてます。

人も羨むような才媛にも、辛い過去があるから音楽と関わり、社会を俯瞰、提言できるのだと思います。

 

 

『メタル脳  天才は残酷な音楽を好む』中野信子 2018

著者の好きなメタルバンドの紹介もあります。


『演奏不安・ジストニアよ、さようなら 音楽家のための神経学』

《新堂浩子》

ステージに上がる音楽家のためのフィジカルセラピスト

音楽家の不調を根本的に神経系から改善して、心技体トータルで向上してより高いステージで揮けるよう支援しています。

19年医療に従事したのち音楽家専門パーソナルトレーナーに。

バイオリン、ピアノ、トランペット、アコギ歴。

趣味は、大人から始めたクラッシックバレエ、英会話

詳しくは プロフィール

 ページ先頭に▲